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福岡高等裁判所 平成5年(ネ)190号 判決

控訴人

松尾カズエ

右訴訟代理人弁護士

片山昭彦

右訴訟復代理人弁護士

矢野正剛

被控訴人

若杉スギ

右訴訟代理人弁護士

熊谷悟郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件訴えを却下する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人らとの間において、原判決別紙図面表示の本件係争地が原告の所有であることを確認する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一控訴人は長崎市風頭町四九四番一の土地を所有し、同市同町四七九番一、同番二、同番八、同番一一の各土地を被控訴人が訴外若杉秀己及び同若杉幸義とともに共有している。

二前記控訴人所有地と被控訴人共有地との間には、国所有の里道(赤道)がある。

三控訴人は、本件係争地は控訴人所有地の一部であり、里道は本件係争地の東側に所在すると主張するのに対して、被控訴人は、本件係争地こそが右里道であると主張している。

四そこで、控訴人が被控訴人に対して、本件係争地についての所有権確認を求めたのが本件訴訟である。

第三当裁判所の判断

一一般に、所有権確認訴訟においては、当事者双方が互いに係争物についての所有権を主張して争うのが通常であるが、本件においては、被控訴人は本件係争地について自己の所有権を主張しているわけではなく、第三者(国)の所有であると主張しているにとどまる。このように、所有者であると主張する甲が、第三者丙の所有権を主張しているにすぎない乙を被告として所有権確認訴訟を提起する場合には、当該確認訴訟の確認の利益の有無や乙の被告適格が問題とならざるを得ない。

この点については、「被告が原告の権利を第三者の権利であると主張するときでも、その結果原告の権利者としての地位に危険を及ぼすおそれが現に存する場合は、被告に対し権利の確認を求める利益がある」(最判昭和三五年三月一一日民集一四巻三号四一八頁)と解されているところ、当裁判所は、右にいう「原告の権利者としての地位に危険を及ぼすおそれが現に存する」とは、一般的・抽象的な危険では足りず、具体的なそれであることを要する(換言すれば、甲の権利を否定する乙の主張及びその行動が、甲の係争物に対する支配を具体的かつ現実におびやかすに足りるものでなければならない。)ものと解する。また、それと同時に、甲が丙ではなく乙を被告として所有権確認訴訟を提起するだけの合理的な理由がなければならないものと考える。そうすると、①係争物の客観的な状況及び甲、乙それぞれの係争物に対する関わり方(誰がどのように係争物を支配し、あるいは使用しているのか)、②係争物に対する丙の態度、③乙が当該主張をすることは乙にとってどのような必要ないし利益があるかなどの諸点が検討されなければならない。

二このような観点から、本件を見るに、

1 本件係争地は、控訴人において、その西側に接する控訴人所有地の一部と一体として通路となしていることが記録上明らかであり、また、控訴人としては、本件係争地を控訴人所有建物の敷地となしているなど、本件係争地の一般の通行を妨げているわけではないし、被控訴人においても、控訴人の所有権を否定しているにとどまり、実際に控訴人の本件係争地に対する権利行使を妨げるような振る舞いに及んでいるわけではないことが窺われる(以上、前記①に関する事情)。

2 被控訴人から本件係争地の所有者であると名指しされている国が本件係争地についてどのような態度をとってきたのかということ(前記②)は、本件記録上からは必ずしも判然としないが、控訴人が国ではなく被控訴人を被告として本訴を提起し、被控訴人も又これを怪しまずに積極的に応訴してきたという経緯に鑑みれば、おそらく、国は本件係争地に対して積極的な関心を示すことのないまま推移してきたのではないかと推察される。

ただし、〈書証番号略〉によれば、控訴人は、その後(平成六年一月一〇日)、本件係争地につき、国を被告とする所有権確認訴訟を長崎地方裁判所に提起するに至ったことが認められる。

3 ところで、本件係争地が被控訴人主張のとおり里道であるとすれば、被控訴人もまたこれを通行の用に供することができるのは当然であるが、前記1で見たところによれば、本件係争地は現に通路の一部であるわけであるから、被控訴人にとって、本件係争地が控訴人の所有であるかそれとも国の所有であるかはさしたる意味合いを有しないものといわざるを得ない。

もっとも、控訴人と国との前記訴訟において、控訴人の請求を認容する判決が確定したとすれば、里道は本件係争地の東側にあるわけであるから、現に被控訴人が被控訴人共有地として占有している土地の最西端部分が里道であると主張されるに至るおそれがないとはいえないが、右判決は、あくまで右当事者間において効力を有するにすぎず、被控訴人に対しては事実上、間接的な影響が及ぶことも考えられるというにすぎない。しかも、仮に、国が前記訴訟において敗訴したからといって、被控訴人に対して被控訴人占有地の一部が里道であると主張してその明渡しを求めるなどということは、現実的な可能性としてはいささか考え難いことである。

そうすると、被控訴人が、本件係争地について控訴人の所有権を否認することの必要性ないし利益も又右の域を出ないものというべきである(以上、前記③に関する事情)。

4 以上を総合すれば、本件係争地についての控訴人の所有権を否認する被控訴人の主張によっては、未だ「控訴人の権利者としての地位に危険を及ぼすおそれが現に存する」とはいえない。

したがって、被控訴人は本件係争地についての所有権確認訴訟の被告適格を欠くものであり、このような被控訴人を被告とした本訴は不適法として却下されるべきものである。

なお、付言するに、原審においては本案に踏み込んだ審理及び判決がなされているわけであるから、当審において、訴訟判決をするということはいかにも訴訟経済に反する感は否めず、しかも、前記1のとおり、控訴人が被控訴人を被告として本訴を提起し、被控訴人も又これに積極的に応訴してきた背景には、国が本件係争地に対して関わってこなかったという事情もあるものと推測されるのではあるが、少なくとも、控訴人が国を被告とする新たな訴訟を提起した以上、右のような諸事情があるからといって前記判断を左右することはできない。

三以上によれば、本訴について本案判決をした原判決は失当として取消しを免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鍋山健 裁判官小長光馨一 裁判官西理)

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